なかなか興味深い書. この本に書いてあることを拡大解釈して出してくる本が増えそうな気がする. うつ病になったらどうするか,というよりも,うつ病の生理学的な基礎研究の紹介に比重を置いている. 参考文献リストがしっかりしているので,述べられていることについては元データ(論文)も探せるはず.
端的に言えば,
うつ病では,おそらく「ストレスによりコルチゾールが過剰に分泌されて,BDNFシグナル系に障害が出ることで,脳の神経突起が萎縮する,神経新生が抑制されるなど,神経細胞が形態学的にも異常を来してしまっているのではないか」と考えられるようになっている. (p.223)
薬は10年前からあまり変わっていないようだが,うつの機構はセロトニン仮説より,BDNF(脳由来神経栄養因子)に移りつつあるらしい. 抗うつ薬で1時間後にはセロトニンが増え始めるのに,薬が効き出すのは2週間.BDNFが増えてくるのにそれくらいかかるという.
養育環境,DNAメチル化やエピジェネティクス,神経新生と,鬱病との関連の研究も紹介されている. とはいえ,うつ病の人の脳が研究試料としてほとんど使えないので,なかなか研究が進まないという.うつ病の社会への影響(コスト)はガンに次いで2番目に大きいが,日本では研究予算も研究者も少ない. 著者は精神科医であり,現在は理化学研究所で研究している. 日本での脳バンク設立の動きもあるようで,期待したい.