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*杉本信行「大地の咆哮 元上海総領事が見た中国」
-FrontPage --> MakisimaDiary --> 2006.10.08
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杉本信行氏は上海領事館員自殺事件のときの総領事である.
この本の発行の1ヶ月後,8月3日に肺ガンで死去された.享年57歳.
外交問題にもなったこの事件については述べられていない.
時効ともいえるような古い事柄をのぞき,外交上の機密は伏せられている.
死を賭して書いているのだが,
死の床にあってもなお外交官らしい冷静で穏健な表現をとっている.
とはいえ,
現在の中国というのはこんなにむちゃくちゃな状態になっているのかと愕然とする.
共産党というのは(農民を含む)労働者のための団結組織ではなかったのか?
社会保障(医療保障その他)がなく重税で都市市民になることを禁じられた農民階級とはなんなんだ.
義務教育もほとんど自費,都市に出てきた農民には学校が提供されない.
社会主義というのは,社会の構成員全体をよりよくしていこうという思想ではなかったのか?
汚職が横行し,法治ではなく,三権も金も富裕勝ち組共産党員が牛耳る社会.
中華人民共和国は,歴代中国王朝の悪い点の反省の上に立った国ではなかったのか?
民衆側から見た現在の中国の状況は
陣惠運「わが祖国,中国の悲惨な真実」で読んでいて,
なんとすさまじい状況かと思いつつも,
一人の民間の目と感情を通しているからと割り引いていた.
しかし,外交官として見聞,体験し,
交渉術の心得のある杉本氏の文は,
冷静であるがゆえに現実なのだと納得させられる.
中国が軍事費を増額し続け,GDPが上昇しても日本が ODA を続け,
靖国問題が起こり,反日運動が荒れ狂う.
こういった理解しがたい事柄の理由が明快に述べられている.
日本の ODA はほとんど有償で債務返済を要求されるのだが,
実は対中円借款の 65% は実質的に贈与されていることになるのだという.
低金利・長期であることなどから国際基準で計算するとそうなるのだそうだ.
総額3兆円のうち,2兆円は贈与されたことになる.
しかも,数百億円規模の援助でも,現地・現場では全く日本に感謝されない構造で,
中国には戦争の賠償を行なっていないので,中国側もその代りだという意識がある.
むしろ,1千万円以下の大使館権限の草の根援助のほうが感謝されて広告効果も大きいという.
屋根のある学校が欲しい,水が枯れたので深い井戸を掘りたい....
ODA の目的というのは,
日本の安全保障のために行なっているもの.
> 「外国への資金援助とは,最低限の見返りとして,その国が将来,日本の脅威にならないため,
負担にならないほどほどの友好国となるための投資である.」(p.154).
「中国が本来やるべきことで怠けている分野,たとえば,
初等教育,環境保全対策,医療分野の協力,貧困対策.」
こういう
「中国の"国内ODA"の誘い水」
を杉本氏は提唱している.
中国がいまこれらの問題に取り組んでいかなければ,
隣の日本につけが回ってくることになる.
日本の安全保障のための ODA なのだ.
中国が北朝鮮のようになっていたら,... 考えるだに恐ろしい.
国交正常化後の対中援助によって,そのような状況は回避されたが,
環境問題や産業の問題はこれからだ.
台湾問題も率直にもの申している.
中国共産党のために「一つの中国」にするより,
台湾住民が望む自治を認めるのが現代社会のあり方だろうとは,まさに正しい.
台湾も日本の植民地になったのだが,他の地域に比べて,なぜ親日的かも,説得力がある.
もともと台北の野原に統治府を作り,猛烈に投資して近代化させた.
さらに,戦後は日本領ではなくなったが,
そのまま中国の植民地(のようなもの)になっていて,
独立しなかった(大陸の中国人から蔑視差別されている).
一方,韓国では王宮に統治府を作り,韓国は独立した.
他にもいろいろ話題はあるが,一読をおすすめする.
抗ガン剤で朦朧としながら書かれたというが,
そんなことはちらとも思わせない筆致である.
**文献
-杉本信行, 「大地の咆哮 元上海総領事が見た中国」, 2006, PHP研究所, ISBN4-569-65234-4
-陣惠運, 「わが祖国,中国の悲惨な真実」, 2006, 飛鳥新社, ISBN4-87031-747-8
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(2006.10.08 [[librarian]])